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深夜にふと誰かに語りたくなったことを書いていくブログ

日本とアメリカの道徳教育の違いと宗教と花火

どっちが良くて、どっちが悪いという話ではないんだけど、ふと思ったので。

日本での道徳教育

僕の生まれた地区では、差別が根強く残っている場所だった。特に、部落であったり水平社、在日とかのキーワードをよく耳にした。僕のばあちゃんは、「あそこに住んでいる人とは付き合ってはいけない」とかよく言っていた。それほど、差別は身近だった。

しかし、教育という面では、小学校の中の1コマ/週の時間で、人を差別してはいけない、困っている人を助けるという道徳教育があっただけだ。それ以外では、両親がなんとなくこれはダメ、あれはダメ、みたいなことを教えてくれた。

アメリカでの道徳教育

一方、アメリカの場合は、少し異なるようだ。(僕の身近な場所の話)道徳の教育は、教会で行われるらしい。アメリカ人は、家族一緒に2~3回/週くらいの頻度で教会に通っている。そこで、行動規範を牧師さんから学ぶ。また、教会には地域に住んでいる他の家族も来ており、同じ価値観を共有しているコミュニティがある。

また、教会では定期的なボランティアを行うなど、一緒に過ごす時間が長い。結婚相手を同じ教会に通っている人の家族から選ぶことも多分にあるらしい。

それぞれの違い

個人的な見解だけど、日本人よりアメリカ人の方が道徳教育が行き届いている。

例えば、飛行機の中で子供が泣いていても誰も嫌な顔をしない、ボランティアや募金には積極的に参加、困っていると助ける、女性/子供に優しい、人種/性差別的な発言は人前で絶対にしない、などなど。

 

そこには環境的な4つの要因があるのではないかと思う。①他民族国家であること、②人種差別や性差別の黒歴史の教育、➂宗教による道徳教育、④地域の教会コミュニティ。

正義と悪 VS 美しいと醜い

その中でも軸となるのは、宗教だと思う。アメリカに住むようになってから、宗教に対して考える機会が増えた。宗教とは何か?何が正しくて、何が正しくない、という考え方。明確に「正義」と「悪」が存在していて、それが行動規範になっている。

 

日本には宗教による行動規範はないと思う。僕の実家は、浄土真宗。お盆にはお経を読む。元旦には神社に行って手を合わせる。しかし、お経の意味は分からないし、神社では自分勝手なお願いをするだけで、そこの歴史もたいして知らない。

 

そこで、日本の価値観って何だろうと思い少し調べてみた。パッと思いつかないのは無宗教だからかな、それとも、普段の生活の中に既に溶け込んでいて言葉になりにくいのかな、とも考えた。最終的に、「美しい」か「醜い」か。

 

 

少し見方は変わるが、新渡戸稲造の「武士道」。ここで書かれている「7つの徳」は日本の道徳教育についての新渡戸さんの答えとなっている。(「」が徳)

 

正「義」に基づいて、「勇」気をもって行動を為す。

「仁(情け)」と「礼」儀と「誠」実をもって人と接する。

「名誉」と「忠誠」に命をかける。

 

この本は、僕が日本にいた頃に、当時の上司から読むように言われて読んだ。なかなか難しくて、当時はよく分からなかったけど、アメリカに住むようになって、大切な考え方であると感じる。

武士道 (PHP文庫)

武士道 (PHP文庫)

 

 

 

宗教は、そこに住む先祖代々の人の生き方や考え方が集約されているものだと思う。一概に良いとか悪いとか判断するものではない。受け入れるようなものだと思う。

 

西欧が正義と悪の考え方に対して、日本は美しいと醜い。日本人の自分はアメリカに住んでも美しく生きていたい。

 

アメリカ独立記念日にあがっている美しくも儚く散っていく花火を見ながら、そんなことを思った。

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