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深夜にふと誰かに語りたくなったことを書いていくブログ

しばらく会っていなかった従兄弟が自殺していた話

僕には、結構な数の従兄弟がいる。父親の兄弟が多かったことが理由だ。僕は従兄弟の中でも一番若い。年齢もかなり離れていて、一番年上と年下では、20歳くらい離れている。ばぁちゃんが生きていた時は毎年集まっていたけど、他界した今ではほとんど会う機会がない。誰かの葬式や結婚式で会うくらいである。そんな中で、僕と最も年の近い従兄弟が自殺をしたと聞いた。

 

僕と従兄弟の関係

僕と自殺をした従兄弟(まことくん)は、家が近かった。そのため、小学校や習い事が同じだったりして、一緒にいる機会が多かった。まことくんは、どちらかというとスポーツは出来ない方で、勉強タイプだっと思う(残念ながら見た目も決して良い方ではなかった)。小学校時代のことしか覚えていないが、同級生からイジメられていた。決して激しいイジメではなく、自転車を倒されたり、ランドセルを蹴られたりなどだったと記憶している。当時の僕は、自分可愛さにそのイジメに対して何もしていない。ただの傍観者だった。

また、彼は2人兄弟の弟で、お兄ちゃんは障害があり、まことくんは、よくお兄ちゃんを助けていた。まことくんは、とても心優しい人間で、僕に対してもとても優しくしてくれた。彼のおもちゃを僕にくれたりと、僕のことを本当の弟のように扱ってくれた。

その後、中学校からまことくんは私立中学に行ったので、地元の公立中学校に行った僕はその後のことはあまり知らない。なぜなら、僕が中学に入る前にばぁちゃんは他界したからだ。

 

僕と別れた後の彼の人生

ここからは聞いた話になるのだが、彼はその後、大学までエスカレーターで同じ私立中学→高校→大学と進んだ。彼女らしい人もいないまま大学を卒業したらしい。卒業後は、地元から出て、都会にあるメーカーの営業職につき、そこで、5年くらい働いたようだ。その頃、どんな生活をしていたのかは知らない。当時の僕は、自分のことで精いっぱいで、まことくんのことを思い出すことはあっても、自分からコンタクトを取ることはなかった。その後、お兄ちゃんの容体が悪化したらしく、再び地元に戻ってきて、そこでコンビニのフランチャイズを開店した。僕は、既に実家を出ており、そのことは知らなかった。まことくんの船出は、結構な額の借金を背負ってのスタートだったようだ。コンビニを選んだのは、時間に融通が利くというのが理由で、家族をいつでも助けることが出来るように、とのことだった。

 

直近の彼の生活とは

コンビニをオープンした当初は、店の周りには、競合店がなかったので、大変ではあるものの、売上は安定していたらしい。また、アルバイトで働いている女の子と仲良くなって、休みの日に一緒に遊びに行ったりしていた。地味な子ではあるが、マジメでよく働く子だった。

しかし、そんな生活が競合の出現で一変する。競合店の出現によって、本店からのノルマにも対応出来なくなってきて、フォローが厳しくなっていった。定期的に店にきて、「あそこが出来ていない」、「あそこが汚いので掃除しろ」など、アドバイスなのかイジメなのか良く分からない状況が続いていく。そんな彼の周りには、彼を支えてくれる人は残念ながらいなかったようだ。彼は、昔から優しい人間であると共に、人一倍マジメだった。なので、売上に関しても何とかして挽回しようと必死で働いたのだと思う。

しかし、そんな彼の最終的には電池が切れてしまった。ある日の夜、経費を切り詰める為にアルバイトの数を減らし、長時間勤務をした後、フラフラと車道に飛び出してしまう。そして、彼の短い人生は幕を閉じることになる。

 

それでも僕らは生きていく

生きるというのは、苦しいことの連続。それでも人は生きていかなければならない。いつもいつも自分のやりたいことだけやって生きている人もいれば、家族のことや兄弟のことを第一に考えて生きている人もいる。まことくんの人生は後者だ。周りの為に生きたと思う。

しかし、自殺はいけない。自殺すると本当に周りが不幸になる。通夜の間中、まことくんの両親の顔を最後まで見ることが出来なかった。三途の川で親よりも先に死んだ子供が石を永久に積み続けるという話を聞いたことがあるが、本当に親のやるせない気持ちを今回は本当に感じた。

僕は死なない。少なくとも自分でコンセントを抜くようなことは絶対にしないと強く思った。