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深夜にふと語りたくなったことを書いていくブログ

人に流されないって、本当に大事なことなのだろうか?僕はそう思わない。

人に流れされてはダメ、しっかりとした自分を持たないと!という人がいる。

 

僕はそう思わない。むしろ、君が凡人なら、おもいっきり流されろ!そうアドバイスをしたい。

 

人に流されないという言葉は耳障りが非常に良い。言い換えると、自分の価値観で生きるということ。そう、とても素晴らしい。僕も出来ればそうありたいものだ。心の底からそう思う。

 

しかし、社会はそのように出来ていない。人の目を気にして生きていかないといけない。朱に交われば赤くならないといけない。なぜなら、一般の人の生き方は、他人に評価をされて進んでいくから。

例えば、入社面接。会社側の人が学生を見て、判断する。いい悪いの価値を、会社側の価値観で判断をする。もしその会社に入りたければ、自分の価値観を会社の価値観に調整しないとダメ。自分の夢を叶える為、いい生活をする為、理由はいろいろとあると思うけど、次のステップに進む為には、社会の仕組みに流されること。他にも、会社での昇進もそうだ。上司が部下を選ぶ。上司が気に入った仕事をやれば、その人間が昇進し、給料が上がり、地位もあがる。そして、昇進出来なかったものは、昇進したものの指示を聞いたり、ハンコをもらいに席に説明にいったりすることになる。また、友人関係や家族関係でもそうだろう。コミュニティがある場所では、そこのマジョリティ、もしくは支配者の価値観がある。それに従っていかないと生きづらい。戦うという選択肢もあるが、たいていは負ける。

パワーバランスが発生する場所には、価値観の食い違いがあり、その人の目を気にして、自分を捨てないければならないことがある。綺麗事だけでは、世の中を渡り歩いていけない。人生が80年もありゃ、生き抜くのも難しい。プライドだけでは、飯は食えない。

 

社会に出て数年、大学時代は、根拠の無い自信を頼りに、自分の価値観を貫いてみせると思っていたが、ふと気が付くと、会社に流されて、上司の顔色を窺っている自分がいる。こんな自分を肯定したいわけではないが、会社に流されなかった友人を見ていて、その瞬間はカッコイイなと思うが、今は見ていてかわいそうな状況になっている。転職や起業をして、成功した人もわずかながらいるが、マジョリティは失敗している。

 

自分を持つことは大切、それは間違いなくそう。心の奥底から、会社に従う必要なないし、価値観を変える必要はない。ただ、表面上でも会社に合わしていると、知らず知らずの間にそれが自分の標準になってしまう。

 

そうであったとしても、僕はこう思う。「凡人よ、人に思いっきり、流されよう」と。

※天才は別だよ、一人で生きていけるから